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明日がお休みだから。

今日まで仕事だったんで、明日はのんびり休みたいです。
でも明日が休みなので心は余裕。(笑




以下、暗い話が大丈夫な人のみ、どうぞ。(笑

「欠片の声」

「…おとうさん。」
娘の小さな唇が震えるようにその言葉を紡ぐのを、小川ははっきりと見ていた。
安いアパートの建てつけの悪いひき窓からは、冷たい月の光が差し込んでいた。
「…笑うな。」
季節は夏で暑かった。
最近着たきりすずめになっていたポロシャツは、汗を吸って不快なにおいを放っている。
昼間の電車で乗り合わせた女子高生に顔を顰められたから、そんなことはとうの昔に気づいている。
「笑うなよ…美和。」
畳を汚してしまったら大家に怒られるだろうかと、そんなことが頭をよぎった。
大家は年配の老夫婦で、何かと父一人子一人の小川の家庭を気にしてくれていた。
できることならばあまり迷惑をかけたくない。
「…笑うな…」
呟くと、生臭い塩水が唇の脇から口の中に滑り込んでくるのを感じた。
自分の涙だと気づくと、なんだかひどく吐き気がした。
その吐き気に、今は大家のことなんかどうだっていいのだと霧散しかけていた思考を目の前へと引きもどす。
涙と汗が交じった液体が、自分の頬から顎を滑り落ちていく。
安アパートは夜だからとエアコンも切っていて、いくら昼よりは過ごしやすいとはいえその暑さは地獄のように感じられた。
ここが地獄だというならば、天国はどんなところなのだろう。
期待したい気持ちもあるが、実際に目の当たりにしたらひどくがっかりさせられそうな気がして、とても信じる気になれない。
同じ理由で、生まれ変わりを信じる気にもなれない。
落胆させられるのはまっぴらだった。
「美和…ごめんなぁ。」
昔…といってもいつ頃までだろうか、それは思い出せないが、少なくとも今よりはずっと昔。
まだ小川にも父母が居て、彼らの庇護のもと生きてた頃。
その頃は、世界は期待で満ちていた。少なくとも、小川の記憶にはそう刻まれている。
幼さゆえの傲慢で、とても家庭を作って幸せになる、なんて夢を持ったことはなかったけれど、それでも漠然とそんな幸福を自分の将来に無条件に据えて、期待していた記憶は今も薄ぼんやりと残っている。
小学生までの将来の夢は、電車の運転士になることだった。
その夢をあきらめたのは、何故だったのかもう思い出すことはできない。
でもいつの間にかあきらめていた。
夢と現実の距離は遠すぎて、どうやって近づいていいのかも、どう努力すればいいのかも、もうわからなくなっていた。
「ごめんなぁ…」
けれどあの頃の自分にとって、世界はまだ輝かしいものだった。
では、そんな自分の娘にとってはどうだろう。
あの頃の自分よりも幼い娘にとって、世界は輝かしいものでありえただろうか。
輝かしいと信じられるよう、自分は娘を守ってこれただろうか。
決して是とは答えられない自問を繰り返し、小川は苦い涙に歯を食いしばった。
涙も汗も、鼻水でさえも場所をわきまえず口の中に流れ込んでくる。
こんな姿を見たら、実家の母は嘆くだろう。
やさしい大家は困ったように眉根を寄せるだろう。
旧友は言葉を継げずに口をつぐむだろう。
「……。」
小川はしばらく脱力して俯き座り込んでいたが、やがて思い立ったように部屋の隅に転がっていたティッシュボックスからティッシュを取り出して、簡単に薄汚れた自分の顔を拭きとった。
朝顔を洗わなかったわけではないが、顔を拭いたティッシュは自分の涙と汗と鼻水を吸い取って、少し黒く汚れていた。
「…あー…」
鼻をすすり、小さく声を出して自分の声を確かめる。
掠れてはいたが、聞き取れないほどのものではなかったので、それはそれで良いと判断した。
「…。」
作業着の尻ポケットをまさぐって、落としたり、蹴ってしまったりして傷だらけの携帯電話を取り出す。
画面を開き、ボタンを3つほど押して、小川は数回の呼び出し音の後、そっけない対応で電話口に出た相手に向かってぽつりと口を開いた。
「あの…」
『はい、どうされました』と、受話器の向こうの相手が相槌をうつ。
その受け答えがあまりに普通なことに、小川は心のどこかで落胆する自分を感じた。
いつもそうだ。
想像は妄想で、妄想はいつも裏切られる。
期待はいつも覆される。夢はいつも壊される。
それを恨むつもりはない。
だけれど、心のどこかではきっと恨んでいるのだ。何事も上手く進められない自分を恥じながら、その実、心の奥底では上手くいかない世の中を恨んでいる。
自分のせいだと自省しながら、心のどこかで別の誰かに責任を押し付けようとしている。
そうだ。…だから、だめなのだ。
そんなだから、自分はだめなのだ。それを知っている。だが、知っていることに何の意味がある?改善策を見いだせない、改善策を実行に移すことのできない自省に何の意味がある?
『大丈夫ですか? どうされました?』
受話器の向こうの声にはっと我に返り、小川は口を開いた。
しかしすぐには言葉が出ず、結局小川の口が意味のある単語を口にしたのは、それからさらに数秒を要した後だった。
「あの…」
『はい』
受話器の向こうの人間は辛抱強い。
おそらく、こういった手合いの電話に慣れているのだろう。
それもそうか…と、どこか諦念に似た感情を味わいながら、小川は苦く嗤った。
笑うところではないとわかっていたが、それでも浮かぶ微苦笑は禁じえなかった。
「あの…俺、殺しました。」
受話器の向こうの人間は、何も答えなかった。
正確には、受話器の向こうの人間が応えるまえに、小川がさらに言葉をつづけたからだった。
「俺いま、娘殺しました。」


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